于 - 漢字私註

説文解字

亏
於也。象气之舒亏。从。一者、其气平之也。凡亏之屬皆从亏。
註に今變隸作といふ。
亏部

康煕字典

部・劃數
二部(一劃)

『唐韻』羽俱切『集韻』『韻會』『正韻』雲俱切、𠀤音迂。『爾雅・釋詁』于、曰也。

又往也。『書・大誥』民獻有十夫、予翼以于。『詩・小雅』王于出征。

又『儀禮・士冠禮』宜之于假。《註》于、猶爲也。宜之見爲大矣。又『聘禮』賄在聘于賄。《註》于讀曰爲。言當視賓之禮、而爲之財也。又『司馬相如・長門賦敘』因于解悲愁之辭。

又未定之辭。『公羊傳・僖二十八年』歸于者何。歸于者、罪未定也。

又行貌。『韓愈・上宰相書』于于焉而來矣。

又于于、自足貌。『莊子・應帝王』其臥徐徐、其覺于于。

又鐘兩口之閒曰于。『周禮・冬官考工記』鳧氏爲鐘、兩欒謂之銑、銑閒謂之于。

又『前漢・元后傳』衣絳緣諸于。《註》大掖衣也。

又『唐書・元德秀傳』明皇命三百里內刺史縣令、以聲樂集、德秀惟樂工十人、聮袂歌于蔿于。

又草名。『爾雅・釋草』茜、蔓于。《註》生水中。一名軒于。『司馬相如・子虛賦』菴閭軒于。

又木名。『爾雅・釋木』棧木、于木。《註》僵木也。江東呼木觡。

又淳于、縣名。今密州安丘縣、古淳于國。

又姓。周武王第二子邘叔之後、以國爲氏、後因去邑爲于。又淳于、宣于、鮮于、多于、𨷖于、皆複姓。又三氏姓。勿忸于、阿伏于、見『魏書・官氏志』。

又助語辭。『詩・召南』于沼于沚。『朱傳』于、於也。『周易』『毛詩』於皆作于。于於古通用。

又『集韻』邕俱切、音紆。廣大貌。『禮・檀弓』邾婁考公之喪、徐君使容居來弔含。有司曰、諸侯之來辱敝邑者、易則易、于則于、易于雜者、未之有也。又『文王世子』仲尼曰、周公抗世子法于伯禽、所以善成王也。聞之曰、爲人臣者、殺其身有益於君、則爲之、况于其身以善其君乎。俱與迂通。

又『正韻』休居切、與吁通。歎辭。『詩・周南』于嗟麟兮。

部・劃數
二部(一劃)

『說文』亏、於也。象氣之舒。从丂从一。一者、其氣平之也。今作

音訓

ウ(漢、呉) 〈『廣韻・上平聲・虞・于』羽俱切〉
ああ。ここに。に。より。から。おいて。ゆく。なす。まげる。まがる。

解字

白川

『説文解字』にああなりとする。感動詞にはもとその字なく、假借の用義。假借の義を以て字形を説くのは誤り。

字形は、曲がつた形を作るための添へ木。また刃の長い曲刀の形。卜文、金文の[⿰干弓]は、弓に添へ木を添へた形。

藤堂

指示。篆文はに從ひ、丂は息がつかへて曲がるさま。息が喉につかへて、わあ、ああ、と漏れ出すさまを示す。直進せずに曲がるの意を含む。また、、乎に當てて用ゐる。

落合

曲がることを意味する紆の初文とする説が有力だが、甲骨文には下部が曲がつてゐない字形もあり、この解釋は矛盾する。異體字(補註: 白川は[⿰干弓]と隸定)の形から、物を曲げる道具の象形とする説もあるが、考古學遺物との對照はできてゐない。甲骨文には會意字も含めて原義での用例がない。

甲骨文での用義は次のとほり。いづれも假借の用法。

  1. 對象や所在を示す助辭。「に」「において」と訓ずる。
  2. 竝列を表す助辭。用例は僅少。《合補》10472丙子卜、將兄丁于父乙。

漢字多功能字庫

于字の構形については二種類の説明がある。一つ目は、甲骨文は管狀の樂器の形を象り、中に有る于が聲符で、竽の初文であるとする(郭沫若、李孝定、裘錫圭)。後に簡便に書くため、省略して于につくり、樂器全體を代表し、後に吹奏樂器から派生して息を吐くことを表す。

二つ目の説明は、于は吁の初文で、管狀の樂器の中の呼氣?の形を象り、本義は息を吐くこと。また三つ目の説明があり、孫雍長は竽中の于は竽の表面の竹簡の溝、筋模樣の形を象るとする。

上述の、于はもと竽を指すといふ(一つ目の)説明は、郭沫若、李孝定、裘錫圭などに出自する。甲骨文の文例は竽の類の?樂器を表す。また介詞に用ゐ、時間、地點、人物などを示す。

金文の字の或體の𦏻はと于に從ひ、音階名に用ゐ、後世の羽に相當する。雩や𦏻の中の于は聲を表すほか、意符にもなり、樂器と關はりのあることを表し、于の初文が樂器であるといふ説の證左とみることができる。

二つ目の、于は吁の初文とする説は、遠く説文解字に溯り、近年では關子尹が提示してゐる。于字は説文解字では亏につくり、その結構を調べると、乎、兮、号などと同じで、いづれも我々の各種の呼吸、息を送る活動に關はりがある。于は吁の初文とみることができて、原義はまた歎息の意の吁である。

西周金文での用義は次のとほり。

また超過、超越と解く。『荀子・勸學』に冰、水為之、而寒于水とあり、取る意は極めて抽象的である。

またと通用する。

屬性

U+4E8E
JIS: 1-48-18
U+4E8F

関聯字

于に從ふ字

于聲の字